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人はなぜ文章を書くのか

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ちょっと気付いたんだけど、僕は仕事の手を休めると近くにある小説を適当に手に取って数ページを読んで、それからまた仕事に戻るってことを無意識に続けるようになっているんだけど、それは別に良いとしてこのところなんでそれなりに僕にとっては長い文章をこうして書いているのかを考えてみたら、割とその答えは簡単なような気がした。

「多分ぼくは、誰かと話したいのだ」

これが正解なんだろうと思う。

きっと今僕は、ほんっとにどうでもいいことを、全く気の置けない誰かと延々と話したいから、例えるならば新雪の中に雪玉を投げてみてそれがどこに落ちたのか、そしてその落ちた音も聞こえないな、あぁでも面白いよなっていうようなことを飽きもせずに多分一人で楽しんでいるんだろうと思う。

昔から特別読書が好きだったかというと多分そうでもなく、きっとあくまでも人並みで、なんとなく小説を買って読んだり読まなかったりしているんだけど、きっと本を読むっていう行為って結局読み手によって感じ方が違うもので、その違いみたいなものを楽しんでいるんじゃないのかなと思ったんだけど、こうしてそれを外に出して文章を書いて、読む人がもしかしたら読むかもしれないってことを延々とやっているのって、なんだか凄く無意味で不毛なんだけど、その無意味さがたまらなく楽しいんじゃないだろうかと、そんなくっだらねぇこと考えてんなら早く手を動かせよ、とは思うんだけど一度考えだすと割とぼーっとそういうことを考える節があるもんだから、これ困ったもんです。

果たしてこうして文章を急に書きだすという日課みたいなものが、今後も続くのかどうなのかはさっぱりわからんけども、そうやって言葉を文字に書き起こして何かを表現しようとしている今のこの現状は精神衛生上とてもよろしいことのように思えるので、この行為の連鎖が止まったら、きっと僕は他の何か気持ちを落ち着ける術を身に着けたか、もしくは誰かと一緒に住んでべらべらとどうでもいいことを話し続けて、よーし仕事すっかーってまたリセットして仕事に励むことが出来るようになってるんだろうなと思います。

あ、奇妙礼太郎が「Sweet Memories」を唄っている。

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