物を作って暮らしてます

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うねる文章とライブハウスの耳の中

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「この人の文章、うねってるなー」って思うことが時々ある。

スマートにさらさらと文章を書く人もいれば、なんかこう、読みづらくて突っかかっちゃうなぁっていう文章を書く人、そして「うねった文章」を書く人。

なんていうか、自分が書こうとしている文章よりも指が先に動いて、思考が後でくっ付いているのか、それとも頭に浮かんだ文章のスピードが速すぎて、指がそれに付いていけなくて文字が潰れかかっているんだけど、独特のうねりみたいなのが出てしまっているような、そんな文章を書く人が稀にいて、そういうのを読んでしまうとついついその気持ちの悪い気持ちよさみたいなものを貪り読んじゃうことって多分ありますよね。

で、この感じって果たして何に近いのかなと思ったら、これすっごい伝わりづらい気がするんだけど、「ライブハウスに行ったときに耳の中で起こる不可解なノイズ」がすごく近い気がするんです。

最近は全然行ってないけど、狭くて人がそれなりに居て、音楽なんてもうよくわかんないけどでかい音量でジャーーーーーーーーーーーン!!! ってやるようなバンドが歌ったりうおおおとやっていたりすると、たまに僕の左耳の中が「ガサガサガサガサガサ」っていうよくわかんない不可解なノイズ音みたいなものが出るときがあり、そのときはもうほぼ何も聞こえないのか、それとも聞こえ過ぎてよくわかっていないのか自分でも定かじゃないけれど、とにかく気持ちが悪いんです。

でも、その気持ちの悪さみたいなものが、「俺、今ライブ来てんだな」って思うことにリンクして、まぁいっか、それはそれで楽しもうという半ば諦めに近い感情になって、ぼーっと観ていたりすることが時々あります。

それがその、多分その場のうねりなんでしょうね。

うねっている中に身を投じているのが、多分僕は結局好きなんだろうなと某小説家の小説を読んでそんなことを考えてました。

地元に戻ってきてから、沢山じゃないけれど小説をいくつか買っていて、一気に読むときはどさっと読むけど、あとはちびりちびりと文章を目で愛でて、あぁやっぱりこの人の文章良いわぁってひとしきりうっとりするのがこのところの小さな幸せで、萩原朔太郎の詩集を読み、それから岩波文庫から出ている「猫町」を読むと、あぁこの萩原朔太郎って人は根っからの詩人なんだなと思った。

小説ではうねってないんだけど、詩集ではすごいうねってる。

結局なんだ、この「うねってる」って言葉。

よく考えたら好きな作家の書いた文章の内容なんて全然覚えていなくて、結局そういやその人の書いてる文章の流れとかうねりとかにしか興味無いな俺、ってことさっき気づいてこりゃまいったなと思った。

実際はそんなにまいってはいないんだけど。

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