美唄の革職人のブログ

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一度で良いからその出だしから始めたかった

 

特急は札幌に向かった

多分、三谷幸喜のエッセイだったと記憶しているんだけど、そのエッセイの出だしの文章がとても好きで、いつか自分もその時期が来ることがあれば、その出だしを使ってやろうと何年も前に考えていたことを先ほど、ふとしたきっかけで思い出した。

一人称を「僕」と書いていたか、それとも「私」と書いていたかはもう覚えていないけど、三谷幸喜ならなんとなく「私」って書いていそうな気がするので、この文章の出だしだけは三谷幸喜にならって「私」で書いてみようと思う。

 

私は、正義漢である。

仕事がちょっと進まなくなって、あーどうしよ、風呂入るか音楽の音量上げてコーヒー飲むか、腹筋でもするかなと思っていたら、あぁそうだ、そういや冷蔵庫の中の野菜のストックがもうほぼ無くなっていたし、ずっと毎日同じメニューだった為にいよいよ飽きていたので、辛子付きの納豆も買ってそれをミックスしたらまた美味く食えるべなという「山田のお茶目メシ」、略して「山田のおちゃめし」を思いついたので、体を動かすついでに歩いてスーパーに行こうと思い立った。

普段から歩いているときは割と良いアイディアが浮かぶことが多いし、寒さの中でさぶいさぶい言いながらもイヤフォンを付けて音楽を聴きながら歩くのは嫌いじゃないので、首からカメラを下げてポケットに財布とiPhone、耳にイヤフォンをくっ付けて外に出た。

もう体育館通いはやめてしまっているので、意識的に体を動かさなきゃなとちょっと早歩きで片道1キロくらいのスーパーに向かい、そこでもやしと春菊、冷凍の讃岐うどん(カトキチのものしか買わない)、ウィンナーと炭酸水をカゴに入れてレジに向かった。

精算したら800円ジャスト。ほぅ、悪い気はしない。
そしてその商品を袋に入れていたときに、僕は一つ異変に気付いた。

僕が立っていた場所から10mくらい先の所にいる男性が、はっきりとは聞き取れないけどどうやら店員の女性の人に絡んでいるっぽくて、いや、でももしかしたら知り合いなのかなと思いながら、耳を澄ましてゆっくりと商品を入れ続けた。

ふむ。やっぱり聞き取れないけれど、どう好意的に見ても「知り合い」っていうような話し方ではないし、かと言って「クレーム」というような事務的なような感情的なような会話の内容でも無さそうだった。
なので僕はそこで「これは多分、酔っ払いか何か絡まれてるっぽい」と判断した。

そして文頭の言葉である。

正義の心を持つ男、そう、正義漢だ。
僕はそこでどうにかその女性スタッフを救う手立てを考えた。

周りにもそのスーパーで働いているおばちゃん達はいっぱいいたけれど、正義漢の僕がそこらの女性スタッフに「なんかあの人、やばい人じゃないすっか? 誰か呼んだほうが良いっすよ。やばいっすよ、やばいっすよ」みたいなことを言ってしまっては、自分の手を汚さずに解決するようなことになるのでそれは正義漢としては言語道断である。

ただ、僕はそのおっさんにズカズカと近づいていって、「おい、お前なにやってんのよ」と言って、平手でぱちーんと打つような暴力的なものは、反撃されたら痛そうだし、何より小心な僕は怖いのでそんな男らしい方法は取らない(正義漢と男らしさは多分同義ではない)、となると、やはり平和的解決しかないわけである。

僕はまず、ゆっくりとその二人に近づいた。
数メートル先まで行って男性はよく見ると、僕よりちょっと年上くらいの男で、服装とか顔つき、体つきからして、とりあえず何か発狂してこっちに向かってきても、相手が刃物さえ持ってなければ多分勝てるだろう、という甘い認識し、そして絡まれていたのはそこで働く還暦を過ぎたか過ぎないかくらいのおばちゃんだった。

(おぅ、この野郎。か弱いおばちゃんを困らせるたぁ、良い度胸してやがるぜ)と、気持ちはもう幼少期に親父に何度も観させられた「遠山の金さん」改め、「美唄(びばい)の山さん」である。

そして僕が取った平和的解決方法は

「すみませーーーん。あの、すみませーーーん」と絡まれているおばちゃんを何度も呼ぶ、だ。

するとようやくおばちゃんはその男から解放され、「はい、何かお探しでしょうか?」と訊くので、「これって、これとどう違うんすか?」「え、これは?」「生産地はどこっすかね」「ほぉー、なるほど。迷いますね」「あーらやだ、なんすかこれ?」「まっさかー。そんなに違うの? このこのぉ」などとたっぷりと長話をし、これでどうだろうと思ってその絡んでいた男性をちらっと見ると、諦めたのか何なのかわからないけれど、その売り場を離れていくのが見えた。

すると絡まれていたおばちゃんもその男が去ったのを確認し、僕らは目が合った。

「あの人、多分ダメな人でしたよね?」と訊くと、「あ、いえ。すみません、ありがとうございました」とおばちゃん。

「いえ、次からあぁいうのが来たら、とりあえず誰か呼んだ方が良いすよ。ちょっと怖いし。 じゃ」と言い、僕は店を後にした。

正直、僕は期待した。
僕は期待したのだ。

後ろから「あ、あの、失礼ですが、せめてお名前だけでも」とか訊かれないかな、と。

もしそうなったら僕は後ろを振り向かず、そのままさっと左手を挙げ、更に少し進んでから「セザーーーール!」と言おうと思っていた。

しかし、おばちゃんからは何の言葉も無かった。せっかくリアルなセザールを言えるときだったのに。
でも良いじゃないか。僕はきっと一人の女性を救ったのだ。

なんだろう、この清々しい気持ちは。
よくやったよ山田。ちぇっ、お前ったら生粋のジェントルマンじゃねぇかと自分を褒めながら僕は家に向かい、袋の中身を冷蔵庫に入れた。

そして僕はまた狭いこのワンルームで独り言を言ったのだ。

「おい、まじか。メインの納豆買うの忘れてるし」と。

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