美唄の靴職人のブログ

北海道美唄市で靴とか革製品を作って暮らしてます。

うちの店⇒ アリノハネ

「ブログ読んでます」って最近よく言われます

パクチー普及委員会

このブログ、大体1カ月のアクセス数は2万弱。そこから特に増えも減りもせずにそれをキープしています。
有名なブログを書いている人に比べたら1/100くらいのものなんですが、それくらいの数の方が読んで下さっているのは、大変光栄でございます。あざす。

で、店を始めてから来て下さった方に結構な割合で「ブログ読んでます」って言って頂きまして、その都度僕は「あぁ…、なんかしょうもないことばっか書いてすみません…」と謝る、ってのを繰り返しているんですが、ブログきっかけでなんとなく山田のことを知っているって方がいらっしゃるってことはこれ、とても良いなぁと思っていまして、すでに僕のことをわかった上で話して頂けるので、なんともその、話のテンポがポンポンポンと進むのはとてもありがたいなーと思ってるわけでございます。

ただ、それでも最終的に訊かれる質問は「なんで美唄なの?」って質問になり、僕はその都度結構答えに困っておるわけです。

なぜなら

結果から言うと、いろんな理屈をこねて答えているんですが、本当に素直な気持ちを一言で言い表すのであれば 「なんとなく」 です。

例えば、「なんであの人と結婚したの?」とか「なんでラーメンが好きなの?」、「なんで可愛い子ちゃんが好きなの?」、「『おっぱいよりもお尻が好き』とか言ってるけど、実際はおっぱいの大きい人がいたらすっごい見るでしょ?」とか言われても、最後の質問以外に関しては「なんとなく」で答えられますよね。ほんとにそれです(※余談ですが、最後の質問への答えは「あったりまえでしょ」です←ほんとに余談だな)

この感じを見て頂ければおわかり頂けるかと

そんで、ちょいちょい僕は引越しをしながら生活していたので、それの理由をここでひとまとめにしてみようと思います。

  • 20歳 旭川⇒奄美大島 ※サラリーマン向いてないし、旭川の寒さが嫌で沖縄目指したら金無くなったから。鹿児島港から近い離島にした
  • 21歳 奄美大島⇒旭川 ※島に仕事が無いから、手に職を付けようと思った。サラリーマンのとき、建材屋だったから知り合いのところで大工になろうと思った
  • 23歳 旭川⇒富山 ※大工は道具が沢山必要だなと思い、机一つで出来る仕事にしようと思って靴職人の弟子に。ただ、給料無しだったので金が無くなり、出稼ぎに行った
  • 24歳 富山⇒ドイツ ※ドイツの靴職人の弟子になろうと思った
  • 26歳 ドイツ⇒フランス⇒スペイン ※ドイツの靴職人になるのは金銭的に無理なことがわかり、半年くらい三カ国をウロウロして工房を探したけど色々断られた
  • 27歳 ヨーロッパ⇒富山 ※帰国して金無いからまた出稼ぎに行った
  • 31歳 富山⇒旭川 ※革製品のネットショップで食えるようになって、4年くらい実家に帰って無かったから帰った。結婚もしたし
  • 32歳 旭川⇒倉敷 ※旭川の寒さがやっぱりきつい。オリーブって美味いよねーって思い、小豆島に近いところに住みたかった
  • 34歳 倉敷⇒富山県南砺市 ※なんでだっけ? なんか良さそうだったから
  • 36歳 南砺市⇒沖縄市 ※一回、沖縄に住んでみたかった
  • 38歳 沖縄市⇒ドイツ⇒オランダ⇒フランス ※「離婚したし、やっぱヨーロッパだべ。移住するべ」と思って渡欧。全然ビザ取れないことがわかり、またウロウロしてた
  • 38歳 ヨーロッパ⇒旭川 ※それまでやっていた店の屋号をアリノハネに戻した。地元でもう一度地盤を作り直そうと思って帰ってきた。
  • 38歳 旭川⇒美唄 ※なんとなく。焼き鳥が美味いし

こんな感じでした。

「今後、美唄から離れるの?」

今のところ、全然離れる予定はないです。
でも、年に1カ月くらいどっかに行って、車にミシンと道具と革と粘土を積んで、2月とかの冬の間は、暖かいところで仕事をしたいなぁと思っています。

よーし、書いた。
これできっとスッキリ。

今日で白いリュックを完成させるべーし!

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